1月26日(御意見に対する返事です。聖典引用)

 最近しきりに、いろいろな人から私宛にメールで、質問や抗議めいた意見をくださる方が増えて来ました。生長の家のことをあまり御存じない方もありますが、そういう方には住所を聞いて普及誌を郵送してあげたりしています。
 中には谷口雅春先生御在世中からの相当古い先輩格の信徒さんも居られて、いろいろと最近の生長の家の光明化運動について異見を唱えられる方もいらっしゃいます。そういう方は愛深く真面目に生長の家のことを考えていて下さる方であると私は思います。そのような古い先輩格の方に私は、大体下記のような聖典等引用で時代即応ということを御理解下さいと御返事しています。御参考までに。
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合掌 ありがとうございます。
御連絡ありがとうございます。いろいろと思索し勉強致しましょう。
ご参考までに聖典等を少し引用させていただきます。

○『生命の実相』第33巻P53ーー。
 悟りというものは表現形式の奥の奥に形を超えてあるのであります。
 生長の家それ自身の中にもやはりそれがあります。みずから変化しない宗教は形骸化し て他の宗教にとって代わられるのであります。

○新編『聖光録』P289−−。谷口清超先生「法燈継承の真義」
 P291ーー「われこそは尊師の御教えを正しく継承するものである」と考える人もい るにちがいない。しかし法(大法)の継承というものは「自分がそう思う」だけでは成 り立たないのである。

○新編『聖光禄』P90ーー
 第九条ーー生長の家大神ー総裁・副総裁ー御教え。この三つを結び貫く神意の展開が、 光明化運動の不動の中心である事を、生長の家人たるものは一瞬たりとも忘れてはなら ない。

○生長の家では主な集まりでは、必ず起立し、国旗日の丸に向かって正対し、
 国歌「君か代」を斉唱していることは御存じの通りであります。
 ありがとうございます。 感謝合掌。